学園都市、中央──
異形の黒色怪球体の一群が、迫る。
目指すは学園中心部。
目指すは人工島基幹。
怪球体は自動的だった。
怪球体は憤怒の王たる虚神とは独立し、
ニコラ・テスラには何の執着もない。
怪球群の目的はただひとつ。
それが、此処だ。
それが、この塔。
ディフの塔。
或いは、イースの偉大なる塔。
遙か太古の旧き支配者の遺産。
黄金の魔たる薔薇十字の秘奥。
すなわち、薔薇の抜け殻たる鐘の眠る塔。
拡大変容を成すために、
虚神の真なる完成のために──
[Reich] ──やれやれ。
[Reich] 学園都市には僕がいる。
そのことを、忘れて貰っては困るな。
[Reich] ここは通さない──
否、何人たりとも支配はさせん!
引き抜く刃、ふたつ──
異能によって強化されたる虚ろの刃!
永遠不変の装甲など、
万象必殺の球体など、
同じくイリジア鋼の刃で切り裂ける!
何故ならば、
この空間は既に──
[Reich] 我が異能!
我が支配!
我が剣撃は戦場すべてを支配する!
[Reich] いかに神体とはいえ、
こちらに群がっているのはただの欠片!
[Reich] 旧き支配者の鋼の骸よりこぼれた、
哀れなる海魔の欠片──
どれほどのものか、確かめるとしよう!
[Reich] ──巨いなりしは光の剣撃 (ソード・オブ・ヒュペリオン)!
双刃二閃──!
刃の嵐が吹き荒ぶ!
黄金の如き輝きの光明を伴って!
黒色怪球体の群れの一塊が吹き飛ぶ!
双刃はまるで届いておらず、
ただ音速衝撃波の威力のみ。
二等分断。
次々と、怪球が真一文字に裂けていく。
是こそが彼の異能。支配の異能。
かつて師と相対した時には最大の効果を
発揮することはなかったが──
この程度、この海魔の雫程度の端末ならば。
空間の隅々まで支配して、
存在の隅々まで支配する。
思うがままに──
切断、両断、二等分断!
そして、其処に──
姿を見せる人影、ひとつ。
その姿、嵐を伴う女神の如く──
遙かオリエントの彼方に伝わる
金毛九尾の獣の如く、
禍々しささえ纏って。
女神の視線。
怪球体の群れを縛り付ける──
圧倒的なまでの拘束。
圧倒的なまでの異能。
是こそ、光と影を操る彼女の異能。
影を奪い、肉体を支配する。
光を奪い、精神を支配する。
たとえ機械仕掛けの無生物が相手でも。
確実に。絶対に。
女神の瞳は、怪球群を制圧する──
[Nightingale] 無理をなさらないで。
わたしたちは、押し止めるだけでいい。
[Reich] 無論だとも、レディ。
ディフの塔は薔薇なりし黄金の遺産。
海魔の贄にはいかにも惜しい。
[Reich] 我々はここを死守する。
あとは、マスター・テスラと──
[Nightingale] ……ええ。
あの子が、きっと。
~~~~~~
学園都市は──
既に、支配されたはずだった。
目に見えない異能の如きわざで、
目に見えない虚神の干渉により、
10万学生は覚めない眠りに就いたはず。
けれど。
けれど。
今、この瞬間にあって。
学園都市10万の学生たち、皆が、
すべての瞳がそれを見ていた。
目覚めてはいない。
瞼閉じて、強制的な眠りにはある。
であるのに、確かに、
彼らはその光景を見つめていた。
彼方の島に見えるものを。
彼方の島に聳えるものを。
彼方で戦い続ける、その男の姿を──
それは──
学園都市、最初の──
転校生の姿か──
それとも──
輝きの騎士 (シャイニングナイト) か──
~~~~~~
──そして、あたしは瞼を開く。
──暗い場所、だった。
──さっき、何かに呑み込まれて。
──真っ暗になって。
──意識、途切れたりしていない。
──あたしはずっと、暗闇を見ていた。
──それが、今。ほら。
──こうして視界がはっきりしてくる。
──瞼を閉じて、開いて。確かめる。
──見えてくるものがある。
──これは、何。
──大きな球体のようなものがある?
──格子状の何かが、幾つも連なって。
──とても大きな構造物。
《憤怒王内部》
──あたしは、自覚する。
──ここが“誰か”の中だってことを。
──頭の中に言葉が浮かぶ。
──これは、少し前にもあったこと。
《中枢領域》
──言葉、浮かんでくる。
──あたしの、頭の中とかじゃなくて。
──視界に浮かんでくる。
──まるで文字が浮かぶように。
──でも、正確には文字でも何でもない。
──ただ、視界に見えてくるだけ。
──意味が。見える。
──理解が。見える。
──だから、あたしはわかってしまう。
──あたしは見るの。
──なぜ、あたしがここにいるのか。
《呼ばれたから》
──誰に?
《チャールズ・バベッジ》
──なぜ?
──理由は、見えない。見えない?
──本当に?
──いいえ、ううん。見える。
──あたしの両瞳りょうめにはすべてが見える!
《発動/真実暴露》
──見えた!
視界が開けて──
見える。
見えた。
それは、格子状の球体。
檻、のようだと直感で思う。
その中には何もないように見えるのに。
でも、何かが在る。何かがいる。
そこには何かが確かに囚われていて。
それは──
奥底に在って──
たゆたう、何か──
──大きな球体の奥底にたゆたうもの。
──渦巻くもの、炎のように。
──それは、憤怒。
──それは、疑問。
──それは、耐えようのない、蝕む炎。
──それは。このひとが在る理由!
『ニコラ・テスラ』
[Neon] あなたは、何が見たいの?
手、伸ばして──
問い掛ける。
炎に晒されながらたゆたうものへ。
問い掛ける。
炎に蝕まれながら在り続ける彼・へ。
『ニコラ・テスラ』
返答は、ひとつ。
それは、あのひとの名前。
[Neon] 何を、あなたは怒っているの。
教えてください。
『ニコラ・テスラ』
[Neon] 教えてくれる。
だから、あたしを呼んだんですよね。
ミスター──
『ニコラ・テスラ!』
返答は、ひとつきり。
それは、愛しいと今も感じるあのひとの。
それは、世界の敵である彼の。
それは、戦い続けると決めてしまった彼の。
それは──
あのひとの名前。
何もかもを救おうとする、彼。
何もかもを己が責とする、彼。
世界の果てを──
今も、歩き続ける──
彼の──
[Neon] ……見えた。
見えた。
もう、それは、見えていた。
見えた。
だから、もう、わかってる。
あのひとも。
このひとも。
だから、後は、それを伝えればいいだけ。
だから──
[Neon] マスター、このひとは──
──このひとは知りたいだけ。
──なぜ、と。
──どうして、と。
──それは、きっとあたしと同じように。
──知りたいの。
──あなたが何を考えているのか。
──知りたいの。
──今を生きる、あなたのことを!
「きみは何をしている」
「きみはなぜ生きている」
「きみは、何のために」
「きみは、世界に何を果たす」
「──答えたまえ、ニコラ・テスラ君」
[Tesla] ……そうだ。
私は、あなたの願いを裏切った。
瞼を閉じて、彼は呟く。
瞼を閉じて、今、万感の想いを込めて。
有り得ざる邂逅だった。
二度と言葉掛けられぬ相手だった。
それが、今、ここに、
こうして憤怒を伴ってさえ顕れる。
こうして万象を砕こうとしながら。
愛しい少女の声が聞こえていた。
それは、黄金の瞳の威に依るものか。否。
伝わったのだ。
聞こえていたのでは、ない。
ただ、感じたものが伝わったのだ。
幻想でも、雷電でも、異能でもなく──
こころ重ねた相手だからこそ、
伝わるものがある。
わかるものがある。
何を、すべきか。
虚神に覆われた第1の師を前に。
何を、すべきか。
憤怒の破壊そのものと化した影に。
[Tesla] 私は世界を救えない。
この手は、世界を救えない。
瞼閉じて──
[Tesla] 世界は厳然として在る。
人は涙し、鮮血の雨は止まず。
空のすべては灰色に覆われてしまった。
言葉、紡ぐ──
[Tesla] そして、今も、
どこかで誰かが泣いている。
[Tesla] ──しかし。
瞼、開いて──
[Tesla] 私は見た。
世界に生きる人々を。
意思、告げる──
[Tesla] 私は見た。
我が瞳に映る数多の尊さを。
決意、伝える──
──そうだ。
──私は見た。
──灰色に染まろうとも、消えぬ輝きを。
──暗き空を光に染める、輝きの子らを。
[Tesla] なればこそ、私は。
──きみは、彼らに何を果たす。
[Tesla] 明日に輝く子らのため、
いつか世界救う輝きを信じて!
──明日の輝き、信じて──
[Tesla] この手を!
──右手を──
[Tesla] ──ただ、前へと伸ばすのみ!
──伸ばす──
[Tesla] 輝光なりし帝の一閃 (ギガ・ユピテル・バスター) ッ!
本当に──
マスターは、そう、
すごくわかり難いひとだから。
不思議なひとで。
変なひとで。
それでいて、ひどく、傲慢で。
でも、どうか信じて。
炎のように燃え盛ってしまった、あなた。
見ていたならわかるよね。
あのひと、ニコラ・テスラのこと。
あのひとは、いつも、
誰かの輝きのことばかりを言うけど。
あのひと自身だって──
──きっと、輝く夜もあるんです。
──涙を流す、誰かのために。
──空に願う、たとえば、あなたのために。
──誰よりも。眩しく。
──ほら、こんな風に。
──世界の敵がいました。
あらゆる道を踏み外し、
あらゆる義を破壊して、
ひとり、世界の果てを歩く男です。
何もできませんでした。
何もできません。
師の願いを果たすことさえ。
彼にはできません。
あらゆるものを捨てた代わりに、
彼は、手に入れたはずでした。
ひとりで歩き続ける自分を。
ひとりで戦い続ける自分を。
世界の敵となり、永遠無限を歩く自分自身を。
彼は、雷電の力を得ました。
自ら望んで。
雷の鳳に誓って。
彼は、戦士となりました。
自ら望んで。
己の心に誓って。
彼は、世界の果てを歩きます。
ひとりで。
あらゆるものを捨てたが故に、
彼は、雷電となり、戦士となり、
さいはてをひとり歩くものとなりました。
永遠不変の正義のために。
すべての夜のために。
すべての涙のために。
けれど、彼には呪いがあります。
雷の鳳と、世界の、永遠絶対の呪いです。
すべての夜を、
すべての涙を救うと望んでも。
彼には、成し得ません。
世界の敵は、世界に克つことはできない。
絶望の夜も、
悲嘆の涙も、
残酷にして厳然たる世界の一部なのだから。
ひとりの夜と涙を救っても、
百の、千の、万の、億のそれらを
救うことはできません。
それでも──
彼は、歩みを止めません。
彼は、この、さいはてを歩き続けます。
どれだけ、傷付いても。
どれだけ、擦り切れていこうとも。
誰も彼もが自分を忘れても。
世界の呪いが、自分を苛んでいても。
かつての師が死に落ちて、
憤怒の炎として立ちはだかろうとも。
──そんな彼に。
──声、掛ける者がありました。
「マスター」
──彼は、惑いました。
──もしも。と。
──もしも。
──この声を耳に留めたなら。
「マスター?」
──この声を。
──耳に留めることが。
──もしも。
──許されるとしたら。
──けれど。
「おかえりなさい、マスター」