遺跡島を、背後に──
暗がりの海に聳える巨いなる虚神。
対するは、しろがねの騎士。
互いに、世界に在らざるもの。
互いに、現実ならぬ幻想。
互いに、存在することを許されない異形。
人型であったものが崩れた虚神。
人型を目指して形作られた騎士。
無言の時間。
それは、僅かな刹那。
虚神には、今なお燃えたぎる憤怒が在った。
騎士には、取り戻すべき尊き輝きが在った。
故に、相容れることはない。
無貌からもたらされる凶の視線と、
黄金の視線が交わる。
そして、始まる。
止めるものはいないのだから。
始まる。始まってしまう。
憤怒と憤怒がぶつかり合う、神の舞!
──巨大異形戦闘 (ギガンティックストーム)!!
─────────ッ!!
虚神の両腕が唸る!
瞬時に、影なる腕が拡大変容して迫る!
両腕を構成するのは超鋼だけではない。
影。そう、影だ。存在し得ぬ超常ならばこそ、
影は立体の存在ならざる平面として──
空間と時間の制約を無視して、
襲い掛かる。襲い来る!
万象、打ち砕く。
時間と空間さえ砕いて──
たとえ、騎士が、回避行動を取ろうとも、
そんなものでは躱せまい。
大雷電回避。無意味。
超飛行回避。無意味。
構成情報を電送する空間転移。無意味。
すべて。
すべて。
意味はない。回避も防御も。
無意味──
その威力、原理は異なるも
かつて薔薇十字の放った魔手と同じく。
万象を引き裂き砕く影なる豪腕ふたつ!
──名を、万象打ち砕く王の腕!
夜よりなお昏い影が、
白銀の騎士を砕くべく迫る。迫る。迫る!
迫る──!!
『我がこころ』
『我が憤怒』
迫り、ただ一撃の下に──
砕き尽くす概念、事象──
[Tesla]『──電位雷帝の剣斧 (ヴァジュラ・ブレード) ッ!!』
一閃──!
電気騎士は回避しなかった。
電気騎士は防御しなかった。
どちらも無意味であるならば道はひとつ!
たとえ、かの薔薇十字と同等の攻撃でも、
あれと対した時と今は違う。
輝きが確かに在ると分かる今は!
だから、踏み込む。
ニコラ・テスラは騎士を纏って──
一足。前へ。
一刀。叩き込む。
撃刃一合──
影なる豪腕を白銀の剣で切り裂く!
そのまま懐に潜り込んで、
そのまま身をやや屈めて、
返す剣で、真下から縦一文字に一閃──
踏込み、良し。
間合い、良し。
まっぷたつに虚神を一刀両断し得る!
しかし──
直前に、その場を緊急回避!
─────────ッ!!!
──烈光一閃!
虚神腰部に搭載された機構が唸る。
巨眼を象った紋章の中央部が烈光を放ち、
空間ごと暗がりの空を、薙いで切り裂く。
巨眼紋章。
カダス北央帝国の皇帝家に伝わる紋章。
それが、何故、虚神の腰部に。
理由を、ニコラ・テスラは知らない。
今は。まだ。
今は。何も。
ただ、放たれる烈光を──
躱す──!!
[Tesla]『……ッ!』
大雷電回避。成功!
威力と効果範囲は影の豪腕より上だが、
命中必至の呪いはあの両腕よりも薄い!
数百フィート上空の別空間に
自己の構成情報を転送し、回避する。
そのまま態勢を立て直し──
幻想の大剣を構え、
幻想の豪刃を構え、
眼下の虚神へと落下しながら斬りかかる!
だが、是さえも──
─────────ッ!!!
──烈光一閃、二閃!!
空を仰いだ虚神から放たれる烈光、
今度は一撃だけでは飽きたらず同時射撃!
見るがいい、腰部の巨眼紋章は双眼ある!
二門同時の射撃!
だけではない、さらに断続的に──
─────────ッ!!!
放たれる。
放たれる。
触れるものを塩へと変える無の白光!!
一射。二射。三射。四射。
際限なく増えていく絶対消滅の烈光は、
空に留まって無数の光柱となって──
大雷電回避と超高速飛行を繰り返す
雷電騎士を、追い続ける──!
『我が炎』
『すべて』
『すべて』
『すべて』
『灼き尽くす』
空に放たれて留まりうねる烈光!
その数、現時点で数百余の光条となる!
回避不可。
絶対命中。
最早、この空に騎士の逃げ場はない。
故に、雷電魔人は叫ぶ。
絶対防御の幻想を喚ぶ。
その名はダヌの幻想を統べる幻想の右腕!
高速思考。最大速度。
高速言語。最大速度。
0秒の領域で彼は決断し幻想を叫ぶ!
[Tesla]『白銀の盾 (アーガートラム) ッ!』
最大防御行動、
白銀盾1枚、2枚、3枚、4枚!
──絶対防御、成功!
本来、盾で耐えきれる攻撃ではない。
だが、輝きあるが故に、耐えきれる。
耐えてみせよう。
耐える。耐える。
耐えて。耐えて。耐えて──
数百余の光条の同時着弾!
是を、受け止めきった瞬間こそ──
勝機。
好機。
この一点の反撃に全力を投入する!
[Tesla]『光剣五連 (ダンスマカブル) !』
白銀の盾による同時遠隔攻撃四連!
最後の一撃は大剣の投擲!
数百余の光条がひとつに束ねられた以上、
すなわち光条を辿れば、虚神に辿り着く!
これぞ、命中必至!
数百余の光条の軌跡を辿る。
数百余の光条の射出口たる巨眼紋章へ。
そして──
虚神の超鋼構成体を。
白銀の刃が、切り裂く──
刹那──
『灼き尽くす』
──槍、が。
──騎士の右肩を貫く。
──絶対命中の呪を有する豪腕の変じた槍。
──騎士の右肩を、貫いていた。
──五枚の刃を砕きながら。
[Tesla]『速い……か……!』
必殺の攻撃を防がれつつの反撃被弾。
雷電魔人の声に苦悶が漏れる。
だが、損傷は未だ軽微。
我が身はかたちなき雷電の身なれば、
この程度ならば瞬時に再形成できる。
復活。再生。構成。
損傷箇所は既に再構成されている。
幻想同士の戦闘は──
中でも巨大異形戦闘の名を冠する激突は、
互いの存在の“削り合い”を意味する。
必中必殺の攻撃を撃ち合い、
己の存在が削り負けた時が敗北となる。
己の敗北を悟った時が滅びの時となる。
或いは、
ただ、再生限度を超えてしまった時か。
一撃、己が核となる部分を失った時か。
故に──
まだ、諦めはしない。
まだ、敗北ではない。
まだ、戦える。
輝きは虚神の中に在る。
愛しいもの、ネオン・スカラは其処に、
囚われているのだから──
この雷電の身の核なるは雷電核。
だが、このこころの深奥は、真なる核は、
今やネオンの他にない。
だから、敗北はない。
だから、絶対に勝つ。
だから、必ず、かの異形の虚神は砕く。
砕いて、切り裂いて。
壊して、討ち滅ぼして──
高速思考の中でニコラ・テスラは想う。
如何にしてかの虚神を屠るか、
如何にしてネオンを助けるか。
電気騎士の瞳越しに、
虚神を、憤怒と共に睨め付ける。
と──
『ニコラ・テスラ』
──声──
『ニコラ・テスラ』
──この声──
『ニコラ・テスラ』
──何だ──
『ニコラ・テスラよ』
──いつか──
『我が──』
──どこかで──
『我が弟子よ』
[Tesla]『莫迦、な』
[Tesla]『あなたなのか──』
[Tesla]『なぜ、あなたほどのひとが』
[Tesla]『死にながらさ迷い……。
海魔の神体と、こうも溶け合い……!」
[Tesla]『なぜ、私の前に顕れた!』
[Tesla]『チャールズ・バベッジ!!』
叫ぶ声に──
かつての師へと呼び掛ける声に。
かつての弟子の叫ぶ悲痛の声に。
応えはない。
ただ、影がうねるだけだ。
影の豪腕。
うねり、形態を変化させ──
槍。槍。槍。槍。
影で形成された4本の槍が──
腕と、腕。
脚と、脚。
動きを止めた騎士の四肢を縫い止める。
空間に対して縫い止める。
槍による磔、だ。
空間固定。
空間接続。
すなわち、それは──
[Tesla]『空間支配──!?』
『ニコラ・テスラ!』
──憤怒の声、止まず──
──そして──
──影なる腕の変じた、最大武装──
──超大なる巨槍──
──影なりし異形の十字 (アルファクロス) が──
──囚われた騎士の、中心を──
──瞬時に──
──貫く──
──どこまでも、深々と──
──雷電魔人、諸共──
[Tesla]『ぐ、あッ……!!』
貫かれる──
雷電核を貫かれていた。
それは、幻想たる彼の中心だ。
それは、雷の鳳の力そのもの。
致命傷だった。
あの時と、同じだ。
人間でたとえるならば
心臓と脳を同時に砕かれたに等しい。
薔薇十字に打ち砕かれた時より酷い。
完全な油断だった。
核を撃ち抜かれる、などと。
かの神体からもたらされた
アルファクロスは、幻想さえ斃す神の矢。
ニコラ・テスラは、不死を維持できない。
急激な電力低下。
計器があればゼロを示すだろう。
再生が、修復が、再形成が叶わない。
電力が足りない。
彼の大鎧は砕けたまま、
彼も、また、演奏席で砕けるか。
アラヤ識、情報子、模倣子 (ミーム)、縁 (エン)、
それらのすべてが為す術なく砕けるのか。
死ぬのか。
ここで。
世界の果てを歩く脚は止まり、
世界の果てで、ただ、倒れるのみか。
それとも──