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Part 5

遺跡島を、背後に──​

 

暗がりの海に聳える巨いなる虚神。

対するは、しろがねの騎士。​

 

互いに、世界に在らざるもの。

互いに、現実ならぬ幻想。

互いに、存在することを許されない異形。​

 

人型であったものが崩れた虚神。

人型を目指して形作られた騎士。​

 

無言の時間。

それは、僅かな刹那。​

 

虚神には、今なお燃えたぎる憤怒が在った。

騎士には、取り戻すべき尊き輝きが在った。

故に、相容れることはない。​

 

無貌からもたらされる凶の視線と、

黄金の視線が交わる。​

 

そして、始まる。

止めるものはいないのだから。​

 

始まる。始まってしまう。

憤怒と憤怒がぶつかり合う、神の舞!​

 

──巨大異形戦闘 (ギガンティックストーム)!!​

 

─────────ッ!!​

 

虚神の両腕が唸る!

瞬時に、影なる腕が拡大変容して迫る!

 

両腕を構成するのは超鋼だけではない。

影。そう、影だ。存在し得ぬ超常ならばこそ、

影は立体の存在ならざる平面として──​

 

空間と時間の制約を無視して、

襲い掛かる。襲い来る!​

 

万象、打ち砕く。

時間と空間さえ砕いて──​

 

たとえ、騎士が、回避行動を取ろうとも、

そんなものでは躱せまい。​

 

大雷電回避。無意味。

超飛行回避。無意味。

構成情報を電送する空間転移。無意味。​

 

すべて。

すべて。

意味はない。回避も防御も。​

 

無意味──​

 

その威力、原理は異なるも

かつて薔薇十字の放った魔手と同じく。

万象を引き裂き砕く影なる豪腕ふたつ!​

 

──名を、万象打ち砕く王の腕!​

 

夜よりなお昏い影が、

白銀の騎士を砕くべく迫る。迫る。迫る!​

 

迫る──!​!

 

『我がこころ』​

 

『我が憤怒』​

 

迫り、ただ一撃の下に──​

 

砕き尽くす概念、事象──​

 

[Tesla]『──電位雷帝の剣斧 (ヴァジュラ・ブレード) ッ!!』​

 

一閃──!​

 

電気騎士は回避しなかった。

電気騎士は防御しなかった。

どちらも無意味であるならば道はひとつ!​

 

たとえ、かの薔薇十字と同等の攻撃でも、

あれと対した時と今は違う。

輝きが確かに在ると分かる今は!​

 

だから、踏み込む。

ニコラ・テスラは騎士を纏って──​

 

一足。前へ。

一刀。叩き込む。​

 

撃刃一合──​

影なる豪腕を白銀の剣で切り裂く!​

 

そのまま懐に潜り込んで、

そのまま身をやや屈めて、

返す剣で、真下から縦一文字に一閃──​

 

踏込み、良し。

間合い、良し。

まっぷたつに虚神を一刀両断し得る!​

 

しかし──

直前に、その場を緊急回避!​

 

─────────ッ!!!​

 

──烈光一閃!​

 

虚神腰部に搭載された機構が唸る。

巨眼を象った紋章の中央部が烈光を放ち、

空間ごと暗がりの空を、薙いで切り裂く。​

 

巨眼紋章。

カダス北央帝国の皇帝家に伝わる紋章。

それが、何故、虚神の腰部に。​

 

理由を、ニコラ・テスラは知らない。

今は。まだ。

今は。何も。​

 

ただ、放たれる烈光を──​

 

躱す──!​!

 

[Tesla]『……ッ!』​

 

大雷電回避。成功!

威力と効果範囲は影の豪腕より上だが、

命中必至の呪いはあの両腕よりも薄い!​

 

数百フィート上空の別空間に

自己の構成情報を転送し、回避する。

そのまま態勢を立て直し──​

 

幻想の大剣を構え、

幻想の豪刃を構え、

眼下の虚神へと落下しながら斬りかかる!​

 

だが、是さえも──​

 

─────────ッ!!!​

 

──烈光一閃、二閃!!​

 

空を仰いだ虚神から放たれる烈光、

今度は一撃だけでは飽きたらず同時射撃!

見るがいい、腰部の巨眼紋章は双眼ある!​

 

二門同時の射撃!

だけではない、さらに断続的に──

 

─────────ッ!!!​

 

放たれる。​

放たれる。​

触れるものを塩へと変える無の白光!!​

 

一射。二射。三射。四射。

際限なく増えていく絶対消滅の烈光は、

空に留まって無数の光柱となって──​

 

大雷電回避と超高速飛行を繰り返す

雷電騎士を、追い続ける──!​

 

『我が炎』​

 

『すべて』​

 

『すべて』​

 

『すべて』​

 

『灼き尽くす』​

 

空に放たれて留まりうねる烈光!​

その数、現時点で数百余の光条となる!​

 

回避不可。

絶対命中。

最早、この空に騎士の逃げ場はない。​

 

故に、雷電魔人は叫ぶ。

絶対防御の幻想を喚ぶ。

その名はダヌの幻想を統べる幻想の右腕!​

 

高速思考。最大速度。

高速言語。最大速度。

0秒の領域で彼は決断し幻想を叫ぶ!​

 

[Tesla]『白銀の盾 (アーガートラム) ッ!』​

 

最大防御行動、

白銀盾1枚、2枚、3枚、4枚!​

 

──絶対防御、成功!​

 

本来、盾で耐えきれる攻撃ではない。

だが、輝きあるが故に、耐えきれる。

耐えてみせよう。​

 

耐える。耐える。

耐えて。耐えて。耐えて──​

 

数百余の光条の同時着弾!

是を、受け止めきった瞬間こそ──​

 

勝機。

好機。

この一点の反撃に全力を投入する!​

 

[Tesla]『光剣五連 (ダンスマカブル) !』​

 

白銀の盾による同時遠隔攻撃四連!

最後の一撃は大剣の投擲!​

 

数百余の光条がひとつに束ねられた以上、

すなわち光条を辿れば、虚神に辿り着く!

これぞ、命中必至!​

 

数百余の光条の軌跡を辿る。

数百余の光条の射出口たる巨眼紋章へ。

そして──​

 

虚神の超鋼構成体を。

白銀の刃が、切り裂く──​

 

刹那──​

 

『灼き尽くす』​

 

──槍、が。​

 

──騎士の右肩を貫く。

──絶対命中の呪を有する豪腕の変じた槍。​

 

──騎士の右肩を、貫いていた。

──五枚の刃を砕きながら。​

 

[Tesla]『速い……か……!』​

 

必殺の攻撃を防がれつつの反撃被弾。

雷電魔人の声に苦悶が漏れる。​

 

だが、損傷は未だ軽微。

我が身はかたちなき雷電の身なれば、

この程度ならば瞬時に再形成できる。​

 

復活。再生。構成。

損傷箇所は既に再構成されている。​

 

幻想同士の戦闘は──​

中でも巨大異形戦闘の名を冠する激突は、

互いの存在の“削り合い”を意味する。​

 

必中必殺の攻撃を撃ち合い、

己の存在が削り負けた時が敗北となる。

己の敗北を悟った時が滅びの時となる。

 

或いは、

ただ、再生限度を超えてしまった時か。

一撃、己が核となる部分を失った時か。​

 

故に──​

 

まだ、諦めはしない。

まだ、敗北ではない。

まだ、戦える。​

 

輝きは虚神の中に在る。

愛しいもの、ネオン・スカラは其処に、

囚われているのだから──​

 

この雷電の身の核なるは雷電核。

だが、このこころの深奥は、真なる核は、

今やネオンの他にない。​

 

だから、敗北はない。

だから、絶対に勝つ。

だから、必ず、かの異形の虚神は砕く。​

 

砕いて、切り裂いて。

壊して、討ち滅ぼして──​

 

高速思考の中でニコラ・テスラは想う。

如何にしてかの虚神を屠るか、

如何にしてネオンを助けるか。

 

電気騎士の瞳越しに、

虚神を、憤怒と共に睨め付ける。​

 

と─​─​

 

『ニコラ・テスラ』​

 

─​─声─​─​

 

『ニコラ・テスラ』​

 

──この声──​

 

『ニコラ・テスラ』​

 

──何だ──​

 

『ニコラ・テスラよ』​

 

──いつか──​

 

『我が──』​

 

──どこかで──​

 

『我が弟子よ』​

 

[Tesla]『莫迦、な』​

 

[Tesla]『あなたなのか──』​

 

[Tesla]『なぜ、あなたほどのひとが』​

 

[Tesla]『死にながらさ迷い……。 

              海魔の神体と、こうも溶け合い……!」​

 

[Tesla]『なぜ、私の前に顕れた!』​

 

[Tesla]『チャールズ・バベッジ!!』​

 

叫ぶ声に──​

 

かつての師へと呼び掛ける声に。

かつての弟子の叫ぶ悲痛の声に。​

 

応えはない。

ただ、影がうねるだけだ。​

 

影の豪腕。

うねり、形態を変化させ──​

 

槍。槍。槍。槍。​

影で形成された4本の槍が──​

 

腕と、腕。

脚と、脚。

動きを止めた騎士の四肢を縫い止める。​

 

空間に対して縫い止める。

槍による磔、だ。​

 

空間固定。

空間接続。

すなわち、それは──​

 

[Tesla]『空間支配──!?』​

 

『ニコラ・テスラ!』​

 

──憤怒の声、止まず──​

 

──そして──​

 

──影なる腕の変じた、最大武装──​

 

──超大なる巨槍──​

 

──影なりし異形の十字 (アルファクロス) が──​

 

──囚われた騎士の、中心を──​

 

──瞬時に──​

 

──貫く──​

 

──どこまでも、深々と──​

 

──雷電魔人、諸共──​

 

[Tesla]『ぐ、あッ……!!』​

 

貫かれる──​

 

雷電核を貫かれていた。

それは、幻想たる彼の中心だ。

それは、雷の鳳の力そのもの。​

 

致命傷だった。

あの時と、同じだ。​

 

人間でたとえるならば

心臓と脳を同時に砕かれたに等しい。

薔薇十字に打ち砕かれた時より酷い。​

 

完全な油断だった。

核を撃ち抜かれる、などと。​

 

かの神体からもたらされた

アルファクロスは、幻想さえ斃す神の矢。

ニコラ・テスラは、不死を維持できない。​

 

急激な電力低下。

計器があればゼロを示すだろう。​

 

再生が、修復が、再形成が叶わない。

電力が足りない。​

 

彼の大鎧は砕けたまま、

彼も、また、演奏席で砕けるか。​

 

アラヤ識、情報子、模倣子 (ミーム)、縁 (エン)、

それらのすべてが為す術なく砕けるのか。​

 

死ぬのか。

ここで。​

 

世界の果てを歩く脚は止まり、

世界の果てで、ただ、倒れるのみか。​

 

それとも──​